大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)6953号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

米丸和實

佐藤恭一

被告

中澤保三

右訴訟代理人弁護士

横山哲夫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、四七〇万五八二六円及びこれに対する平成七年五月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告と被告は、被告が経験を生かして利益の上がりそうな株の銘柄等を原告に教え、原告がその株の売買で利益を上げたときはその一割を被告に支払うという合意をした。その後に、原告が被告から教えられた株の売買をし、又は、被告が原告の名義及び計算で株の売買の代行をしたところ、個々の株の売買の結果原告に損失が生じたものがあった。本件は、原告が、被告に対して、右の損失は被告が右の合意から生じる善管注意義務に違反して、利益の上がりそうにない株を教えたか、又は、利益の上がりそうにない株の売買を被告が原告の名義及び計算で代行したために生じたものであるとして、債務不履行に基づく損害賠償を請求している事案である。

二  争いのない事実等

1  被告は秋葉原で将棋クラブを経営し、原告は右将棋クラブの常連客であった。(争いがない。)

2  被告は、右将棋クラブの客であった訴外桑原(以下「桑原」という。)に対し、株の売買について助言を行っていたが、昭和六一年九月ころ、被告と桑原が株の話をしていた際、原告がその株の話に加わり、それがきっかけとなって、被告が原告に対しても、株の売買について助言等をすることとなった。(争いがない。)

3  右の話の際に、被告が原告に対して利益の上がりそうな株を教え、その株の売買で原告に利益が発生した場合には、その一割を原告が被告に支払うという合意が原告被告間で成立した(以下「本件合意」という。)。(争いがない。)

4  その後、原告が被告から教えられた株の売買をし、又は、被告が原告の名義及び計算で株の売買の代行をする形で、次のとおり株の売買が行われ、個々の売買によって原告に次のとおりの損失が発生し、あるいは、買い付けた株の株価の低下が生じた。

(一) 昭和六三年六月一三日、信用取引で、九州電力株を、一株二八六〇円で五〇〇株及び一株二八七〇円で五〇〇株、合計一〇〇〇株を買い付け(以下「買付①」という。)、同年一二月二日、一株二八八〇円で右九州電力株一〇〇〇株を売却し、その間の金利、売買手数料及び有価証券取引税の負担で、一四万一四七一円の損失が生じた。(争いがない。なお、乙三の三)

(二) 昭和六三年一二月二六日、現物取引で、北海道電力株を、一株四〇三〇円で二〇〇株買い付け(以下「買付②」という。)、昭和六四年一月六日、一株四一五〇円で右北海道電力株二〇〇株を売却し、その間の金利、売買手数料及び有価証券取引税の負担で、一九七円の損失が生じた。(争いがない。なお、乙二の四)

(三) 平成元年一月一〇日、現物取引で、北海道電力株を、一株四三三〇円で二〇〇株買い付けた(以下「買付③」という。)。(争いがない。なお、乙二の四)

原告は、その後、右北海道電力株を保有し続けているが、平成七年四月三日の北海道電力株の価格は一株二一七〇円であった。(争いがない。)

(四) 平成元年一月二〇日、信用取引で、四国電力株を、一株四〇一〇円で五〇〇株買い付け(以下「買付④」という。)、信用取引の決済期限である平成元年七月二〇日、その間の金利や売買手数料の費用を負担して二〇八万七一七九円で現引きした。(争いがない。なお、乙二の五、乙三の四)

原告は、その後、右四国電力株を保有し続けているが、平成七年四月三日の四国電力株の価格は一株二二〇〇円であった。(争いがない。)

(五) 平成元年五月八日、信用取引で、九州電力株を、一株四〇〇〇円で五〇〇株買い付け(以下「買付⑤」という。)、信用取引の決済期限である平成元年一一月八日、右九州電力株五〇〇株のうち一〇〇株を一株三五六〇円で売却して六万七二六九円の損失が生じ、残りの四〇〇株については、同日、一六七万一七二四円で現引きした。(争いがない。なお、乙二の六、三の五)

原告は、その後、右九州電力株四〇〇株を保有し続けているが、平成七年四月三日の九州電力株の価格は一株二一九〇円であった。(争いがない。)

(六) 平成元年一二月一三日、信用取引で、九州電力株を、一株四一八〇円で七〇〇株買い付けた(以下「買付⑥」という。)。

平成二年五月三〇日、右九州電力株七〇〇株のうち四〇〇株を、一七二万九四五八円で現引きした。右現引きした四〇〇株のうち一〇〇株を平成二年六月一一日、一株三〇五〇円で売却して一三万四九四一円の損失が生じ、また、右現引きした四〇〇株のうち一〇〇株を平成二年六月一二日、一株三〇二〇円で売却して、一三万七八六七円の損失が生じた。

右同日、現引きしていない残りの三〇〇株のうち二〇〇株を、一株三〇二〇円で売却して二七万一五四九円の損失が生じ、右現引きしていない三〇〇株のうち一〇〇株を、一株三〇三〇円で売却して金一三万四七九三円の損失が生じた。(争いがない。なお、乙二の七、三の六)

原告は、その後、右現引きした四〇〇株のうち未売却の二〇〇株を保有し続けているが、平成七年四月三日の九州電力株の価格は一株二一九〇円であった。(争いがない。)

(七) 平成元年一二月一一日、信用取引で、日本鋼管株を、一株八三七円で三〇〇〇株買い付け(以下「買付⑦」という。)、信用取引の決済期限である平成二年六月一一日、この三〇〇〇株のうち二〇〇〇株を一株六六八円で売却し、四四万二三七〇円の損失が生じた。同年四月二五日、右三〇〇〇株のうち一〇〇〇株を八七万二二五六円で現引きした。(争いがない。なお、乙二の七、三の六)

原告は、その後、右現引きした日本鋼管株一〇〇〇株を保有し続けているが、平成七年四月三日の日本鋼管株の価格は一株二二五円であった。(争いがない。)

三  争点

1  本件合意から生じる被告の注意義務の程度。

2  被告の債務不履行の有無。

3  原告の損害の有無。

4  過失相殺の有無。

5  権利濫用の成否。

四  争点1についての当事者の主張

1  原告の主張

次の諸事実を考慮すると、原告被告間の本件合意は準委任契約であり、被告は、善良な管理者として、原告に利益が上がるように、売買する株の銘柄の選択及びその売買の時期を合理的に判断した上で、その判断内容を原告に告知し、また、原告から売買の代行を依頼された場合には、右の合理的判断に従って代行するという注意義務を負担した。

(一) 被告は、長年にわたる証券投資の経験を持ち、株の売買についての豊富な知識と経験を有する株取引の専門家である。

被告自身、自分のことを、「数十人の客を相手に常に数億円の金を動かし、自らは五億円の利益を上げた天才的プロである」と豪語しており、株の売買のプロ中のプロであることを自認していた。

(二) 本件合意によって被告から提供される売買の助言は、成功報酬が支払われる有償の助言であるから、それにふさわしい内容の助言がなされるべきである。

そして、本件合意による報酬は、特殊かつ高額なものである。なぜなら、証券会社が顧客に株の売買を勧めた場合に、顧客に利益が上がったからと言って一割の礼金を証券会社が要求するようなことはないし、証券会社の手数料は、売りと買いで合計二パーセントであるのに、本件合意では一割の報酬であって、実に五倍に上る高額である。

したがって、被告は、高額の手数料を取る特殊な株式委託業を営んでいたというべきであって、利益の一割を報酬として支払うことを約した本件合意によって、証券会社が取引の委託を受けた顧客に対して負担する義務よりも高度の義務を負担するというべきである。

(三) 被告は、営業行為として、多人数の顧客を相手に、株式投資顧問業務を行っていた。

すなわち、被告には、原告及び桑原の他にも、桑原の友人である訴外松丸とも本件合意と同様の合意をしていた上、他にも訴外加藤、訴外福井等に対して、本件合意と同様の合意をするよう勧誘していた。さらに、その他にも、被告自身で正確に把握できないほど多数の顧客がいた。

そして、被告は、発生した利益が小さくても、必ず一割の報酬を取っていたから、営業行為というほかない。

2  被告の主張

次の諸事実を考慮すると、本件合意は準委任契約とはいえず、被告は、原告に株の売買の助言又は代行をする際、善良な管理者としての注意義務は負担しない。被告は、被告自身が信ずるところにしたがって、株の売買について原告に助言又は代行をすれば義務を果たしたこととなるのであり、被告が負担する注意義務の程度は、自己の財産におけると同一の注意義務である。

(一) 被告は株取引の経験を有する者であるが、原告の主張するような専門家ではない。正規の投資顧問業者でもない。なお、原告自身も株取引の経験を有する者である。

(二) 原告が被告に対して報酬を支払うのは、被告による助言又は売買の代行によって、原告に利益が発生した場合だけであって、利益の発生の有無にかかわらず被告から原告へ報酬を払うという合意ではない。このような約定での助言は、報酬が予定されてはいるものの、無償契約に類するものと考えるべきであり、善管注意義務は発生しない。

なお、原告は、一割の報酬は証券会社の手数料と比較して高額であると主張するが、顧客の利益や損失にかかわらず支払う証券会社の手数料と、利益が発生した場合にだけ支払う本件合意による報酬を比較するのは無意味である。

(三) 被告が株の売買の助言をしていたのは、原告と桑原に対してだけであって、原告が主張するように多数の者を相手にしていたようなことはない。

(四) 本件合意は、口頭での取決めに過ぎず、契約書類は作成されておらず、厳密なものではない。

(五) 本件合意の実質は、被告による原告に対する好意による助言とそれに対するお礼という関係であって、被告に善管注意義務を発生させることを予定していなかった。

(六) 委任や準委任契約における善管注意義務の実質的基礎には、契約当事者間の信頼関係の存在があるとされている。しかし、原告は、本件において、原告が被告に対し、平成元年ころ、「円安、金利高及び原油高が電力会社には減収要因で株価の下落要因であること」を説明したが、被告は全く理解しなかった等々、被告の株の売買に関する知識や能力について原告が疑問を有していた旨の主張を繰り返しており、被告を信頼していなかったことを自ら明らかにしている。右の事実からすると、原告被告間には善管注意義務の発生の基礎である信頼関係が存在していないというべきである。

(七) 本件合意に基いて、被告が原告に売買の助言をした場合に、その助言に従うか、従わないかは原告自身が判断することであり、原告に損失が発生したとしてもそれは本来原告の自己責任に属する事柄である。原告自身で判断して売買した結果発生した損失について、被告に善管注意義務違反を問うことは不相当である。

五  争点2についての当事者の主張

1  原告の主張

前示第二の二4(一)ないし(七)記載の原告名義での株の売買は、本件合意に基づく被告の助言に従って原告が売買したものか、又は、被告が原告の名義及び計算で売買を代行したものであるが、それぞれの売買についての被告の助言又は売買代行には、次のとおり、債務不履行が認められる。

(一) 株式相場を巡る状況から、善管注意義務違反となる売買

(1) 買付①について

買付①がされた昭和六三年六月ころは、証券市場が空前のブームにわいた時期であり、鉄鋼株等買付①の対象である九州電力株より有望な銘柄が多数存在し、一方、九州電力株は特に値上がりが期待できるわけでもなかったのであるから、被告が原告に買付①をするよう助言し、又は買付①を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(2) 買付②について

買付②がされた昭和六三年一二月二六日ころは、買付①で買った九州電力株を売却した同月二日以後、急激に電力株が値上がりし、一株当たり四〇〇〇円前後になり、これが値上がりのピークであり、これ以上の電力株の値上がりが望めないと考えられる時期であったのであり、買付②の対象である北海道電力株も値上がりが望めない状況であったのであるから、被告が原告に買付②をするよう助言し、又は、買付②を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(3) 買付③について

買付③は、買付②で買った北海道電力株を昭和六四年一月六日に一株四一五〇円で売却した直後に、その売却価格よりさらに高値の一株四三三〇円で北海道電力株を買い付けたものであるから、被告が原告に買付③をするよう助言し、又は、買付③を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(4) 買付④について

買付④がされた当時は、買付④の対象となった四国電力株は、若干値下がりしたとはいえ将来の値上がりの材料に欠け、この時点で買い付けることが適当とは言い難い状況にあったのであるから、被告が原告に買付④をするよう助言し、又は、買付④を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(5) 買付⑤について

買付⑤がされた平成元年春ころは、わが国を巡る経済情勢がドル高、原油高、金利高となり、電力株にとってはいわゆるトリプルデメリットの状態で、今後値下がりが見込まれる状況であった。しかも、電力株全体が既に一株四〇〇〇円前後の高値圏に達していたので、今後値上がりすることはほとんど考えられない状況にあり、買付⑤の対象となった九州電力株も値上がりはほとんど考えられず、値下がりが見込まれる状況にあった。したがって、被告が原告に買付⑤をするよう助言し、又は、買付⑤を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(6) 買付⑥について

買付⑥がされた当時は、買付⑥の対象となった九州電力株について買い付けるべきと考えるさしたる理由がないのであるから、被告が原告に買付⑥をするよう助言し、又は買付⑥を被告が代行することは、善管注意義務に違反する。

(7) 買付⑦について

買付⑦がされた当時は、買付⑦の対象となった日本鋼管株を含む鉄鋼株が、買付⑦の一月ほど前までは割安感があり、その後、底値の六〇〇円台から急激に九〇〇円台にまで値を飛ばして高値を付けた後、既に値下がり局面に入っていたのであって、被告が原告に買付⑦をするよう助言し、又は買付⑦を被告が代行することは善管注意義務に違反する。

(二) 被告自身の売買と矛盾する売買

(1) 前示第二の二4の売買の中には、被告自身の名義及び計算でなされた売買と矛盾する売買が存在する。被告自身も、自分に利益が上がるように売買をしているのであるから、被告が売却する株については、被告は今後値下がりすると判断しているはずであり、また、同業種の株式は似たような値動きをするのであるから、被告が売却した株と同業種の株についても値下がりを予想しているはずである。それにもかかわらず、被告が売却した株や売却した株と同業種の株について原告に買付を助言し、又は買付を代行することは、原告に損失を与えても構わないという認識でされたといえるから、本件合意に反する行為であり、債務不履行となる。被告が買い付けた株及び買い付けた株と同業種の株を、原告に対しては売却するように助言し、又は、売却の代行をすることも、右と同様、本件合意に反する行為であり、債務不履行となる。

(2) 被告が、原告に対して、損失を与えても構わないと考えるようになり、その考えに基いて行動していった経緯は、次のとおりである。

ア 神島化学株をめぐる経緯

被告は、原告に対し、昭和六一年九月ころ、神島化学株を買い付けることを助言し、被告自身も買い付けた。原告は、神島化学株は、いずれ一株当たり一〇〇〇円まで値上がりするとの信念を持っていたため、被告が原告に対して、早く売るように助言したにもかかわらずすぐには売却をせず、被告が売却を助言した時点よりさらに値上がりした後に売却したため、原告は、一二七万円の利益を上げることができた。しかし、被告自身は、神島化学株を買付後数日で売却してしまい、損失が発生した。また、被告は、桑原に対しては、神島化学株が一株七四〇円の時と七五〇円の時に売却させ、利益はあがったものの、原告の上げた大きな利益と比べれば、中程度の利益しか上げさせることができなかった。

右の経緯から、被告は、被告の助言に従わず、被告や桑原より多くの利益を上げた原告をうらやむと同時に、原告に対して腹を立て、原告の株売買の手腕を敵視するようになり、不快感を示した上、原告に対し売買を全面的に一任するよう求めるに至った。

イ 中道リース株及び中道機械株をめぐる経緯

昭和六二年九月二四日、被告は、原告のほぼ全資金をもって、原告の名義及び計算で、中道リース株及び中道機械株を買い付けた。

中道リース株及び中道機械株は、閑散極まる札幌市場の銘柄である。そして、被告自身も、中道リース株及び中道機械株を高値で買い付けており、損切りすることもできず長期保有を余儀なくされ、資金を遊ばせる最悪の結果となっていた。

それにもかかわらず、被告は、右中道リース株及び中道機械株を、被告が買い付けた値段よりさらに高値で原告の資金のほとんどすべてを使って買い付けた。被告による右買付の代行は、原告が被告の助言に従わず神島化学株を信念を持って保有し続け大きな利益を上げ、被告の株取引の天才的プロとしての信用を危うくさせたことに対する報復としてなされたものとしか考えられない。

加えて、被告は、自己が保有する中道機械株を昭和六三年一一月一七日に売却したが、原告にはその事実を隠し、原告が平成元年六月に日新汽船株を買い付けるまで、中道機械株を売らない方がよいと言い続けていた。これは、被告が原告の資金活用を阻み、原告に利益を上げさせないようにしようと言う被告の原告に対する強い反感の表れである。

ウ 東海鋼業株及び東京鐵鋼株をめぐる経緯

被告は、東海鋼業株の売買によって、桑原に一七七万円の利益を上げさせた。被告自身は、昭和六二年一二月一四日、東海鋼業株を売却し、八二三万円の利益を上げた。また、被告は、東京鐵鋼株の売買によって、桑原に合計九四万円の利益を上げさせた。被告自身は、同時期に東京鐵鋼株を信用取引で買って、七〇三万円もの利益を上げた。

このように、利益を生む銘柄については、被告は原告に秘密にし、自分と桑原だけで利益を上げて、原告に対して差別的な取扱いをした。

エ 平成元年の小型株及び電力株ナンピン買をめぐる経緯

平成元年は、鉄鋼株等の大型株ではなく、小型株や店頭株の値上がりが大きかった年で電力株には上昇要因がなかった。そこで、原告は、被告に対し、電力株の買付ではなく、小型株を買うことを提案したが、被告はこれに反対した。しかし、被告自身は、原告には秘密で、小型株や店頭株を買い、大きな利益を上げていた。

また、原告は、被告に対し、電力株の高値買いによる、評価損信用損を解決するために、安値時のいわゆるナンピン買いを提案したが、被告はそれに反対した。しかし、被告自身は、平成元年五月一日、同月八日、同年七月一七日、同月二〇日、同月二一日とナンピン買いを実行している。

このように、原告株の運用と、被告自身の株の運用で、運用方針を異なるものとし、利益の上がる株は原告には秘密にして利益を上げるチャンスを与えず、被告自身の意に従わない原告に罰を与え、天才的プロとしての権威を維持すると共に、被告の意向に反対した原告に対する欝憤晴らしをした。

(3) 被告自身の売買と矛盾する、原告名義での売買

右の経緯の後、被告は、被告自身の名義及び計算での売買とは矛盾する売買の助言又は代行を次のとおり行い、原告に損害を与えた。

ア 買付①で買った九州電力株の売却について

被告は、買付①で買った九州電力株一〇〇〇株を、昭和六三年一二月二日、一株二八八〇円で売却したが、その翌日の同月三日、被告自身の名義及び計算では、四国電力株を信用取引で買い付け、さらに、その直後の同月五日と同月二二日にも四国電力株を信用取引で買い付けている。

右の事実から、当時被告は、四国電力株を含む電力株が値上がりするものと判断していたにもかかわらず原告の九州電力株を一二月二日に売却したのであるから、値上がりを予想しながら売却したことは明かである。買付①で買った九州電力株の信用取引の決済期限は一二月一三日であり、まだ一〇日以上の余裕があったのであるから、少なくとも四国電力株を買い付けた後の時点で売却すべきであった。したがって、一二月二日での九州電力株の売却は債務不履行である。

イ 買付②について

被告は、原告に、買付②をするよう助言し、又は、買付②を代行したので、北海道電力株が、原告の名義及び計算で、昭和六三年一二月二六日、一株四〇三〇円で二〇〇株買い付けられた。

これに対し、被告自身は、その前々日の一二月二四日までの三日間に、二二日には一株三四七〇円で、二三日には三六九〇円で、二四日には三八六〇円で、北海道電力株を買い付けている。被告と同時に原告名義で買付をしなかったこと、及び、わざわざ高値圏に達したところで原告名義で買い付け、又は、その助言をしたことは、被告自身の買付と矛盾するものであり、買付②の助言又は代行は債務不履行である。

なお、被告は、昭和六三年一二月二二日から二四日にかけて買い付けた北海道電力株一五〇〇株を昭和六四年一月五日に売り抜けて一〇八万円の利益を得ている。原告名義での買付②は、この一月五日に売却される寸前の被告保有の北海道電力株の価格を上昇させる効果を持つものである。すなわち、被告は原告の資金を、被告自らが最大の利益を得るための道具として利用している。

ウ 買付③について

被告は、原告に、買付③をするよう助言し、又は、買付③を代行したので、北海道電力株が、原告の名義及び計算で、平成元年一月一〇日、一株四三三〇円で二〇〇株買い付けられた。

これに対し、被告自身は、このような買付はしていないので、被告自身と矛盾する取引を原告名義でしていることとなり、買付③の助言又は代行は債務不履行である。

加えて、被告自身は、買付③の直前の平成元年一月五日に、北海道電力株及び四国電力株を売却しており、当時電力株は値下がりすると考えていたのであるから、買付③を助言し又は代行することは、背信的である。

エ 買付④について

被告は、原告に、買付④をするよう助言し、又は、買付④を代行したので、四国電力株が、原告の名義及び計算で、平成元年一月二〇日、一株四〇一〇円で五〇〇株買い付けられた。

これに対して、被告自身は、このような買付はしていないので、被告自身と矛盾する取引を原告名義でしていることとなり、買付④の助言又は代行は債務不履行となる。

オ 買付⑥について

被告は、原告に、買付⑥をするよう助言し、又は、買付⑥を代行したので、九州電力株が、原告の名義及び計算で、平成元年一二月一三日、一株四一八〇円で七〇〇株買い付けられた。

これに対し、被告自身は、右同日に、被告所有の九州電力株七〇〇株を売却するという、原告とは全く反対の売買をしている。すなわち、被告は値下がりを予想しながら、原告の株では買付の助言又は代行をしているのであり、明らかに被告自身とは矛盾する行動をしており、買付⑥の助言又は代行は債務不履行にあたる。

カ 買付⑦について

被告は、原告に、買付⑦をするよう助言し、又は、買付⑦を代行したので、日本鋼管株が、原告の名義及び計算で、平成元年一二月一一日、一株八三七円で三〇〇〇株買い付けられた。

これに対し、被告自身は、同月一三日に、日本鋼管と同業種の東海鋼業株を自分だけ買い付けて、平成二年一月一七日から、同年二月二三日までの間に売却し、四七四万円前後の利益を上げている。

右のとおり、被告自身買付をしていない日本鋼管株を原告に買わせ、本来原告に買わせるべきであった東海鋼業株を買わせていないので、被告自身の取引と矛盾する取引といえ、買付⑦の助言又は代行は債務不履行となる。

(4) その後も、被告は、原告に対して、次のとおり、差別的取扱いを行った。

ア ジャステック株、東海鋼業株、クロザワ株、教育総研株をめぐる経緯

被告は、平成元年一二月一二日ないし一四日に、被告自身の電力株を利益を上げて売却すると同時に、ジャステック株、東海鋼業株、クロザワ株、教育総研株を買い付け、ほどなくしてこれらの株を売却し、それぞれ、一五四万円、四七四万円、一三五万円、三〇五万円の合計一〇六八万円余りの利益を極めて短期間の間に上げている。

右のとおり、被告は極めて短期間の間に多額の利益を上げており、被告がこの時点で、どの株を売買すれば利益が上がり、どの株を売買すれば損害が生じるのかを明確に知っていたのにもかかわらず、原告には秘密にしていた。

イ 平成二年度以降の経緯

被告は、平成二年度以降エム・ケーシー株、戸倉建設株、イトマン株を買い、それぞれ一九四万円、一四〇万円、一二〇万円の利益を上げた。このときも、被告は、どの株がすぐ利益が上げられるのかを熟知していたのにもかかわらず、被告は原告に対して、すぐに利益が上げられる株を教えなかった。

また、被告は、ワキタ株、住倉工業株、東京鐵鋼株、栄林業株等の株により、それぞれ二〇七万円、四七〇万円、一六〇万円、三八三万円の利益を上げたが、これら利益を上げる株を原告には秘密にしていた。

(5) 売買の代行についての本件訴訟での被告の主張

被告は、本件において、原告の名義及び計算で売買を代行したことは二、三回しかないと主張していたが、野中勇証人の証言により、原告名義での売買のうち、少なく見積もっても、七割は被告が注文を出していたことが明らかとなった。このように、事実と異なる主張を被告がしたのは、被告が原告に損害を与える意図で売買の代行をしていたことの表れである。

(6) 試し買い

被告は、被告自身が平成元年一二月一三日に、信用取引で、九州電力株を、一株四一八〇円で買い付けたことを主張し、原告名義での売買との間に差別的取扱いがないと主張する。

しかし、被告の投資資金の額は、原告の数十倍にも上り、同じように買い付けたとしても、買付資金の投資金額に占める割合には雲泥の差があった。九州電力株の信用取引による買付は、原告にとっては投資資金のほぼ全額を注ぎ込んだ投資であり、その株価の動向は死命を制しかねないものであったのに対し、被告にとっては、投資資金のごく一部を注ぎ込んだだけであり、大勢に影響のない「試し買い」でしかなく、同じ買付でも両者における意味合いは全く異なるものであった。

その意味で、買付⑥は、やはり電力株が値下がりして原告に損害を与えても構わないと言う意図の下に行われた差別的な売買である。

2  被告の主張

(一) 被告は、そもそも、善管注意義務を負っておらず、個々の売買についての判断の適否について、善管注意義務違反は生じない。したがって、善管注意義務違反という債務不履行はあり得ない。

また、原告の主張は、事後的に判断して、買うべきではなかったとか売るべきではなかったと主張するものであるが、神ならぬ人間の業である以上、当時の時点に立てば注意を尽くしても損失が生じることがあるのであって、原告の主張は、この意味でも失当である。

(二) 被告は、原告に対して、意図的に差別的取扱いをした事実はない。

(1) 本件合意では、原告に利益が発生すれば、被告にはその一割が報酬として支払われるのであり、原告の利益は被告の利益になるのであって、原告主張のように、被告が原告に損失を与えようとして売買の助言又は代行をすることはあり得ない。

(2) 取引対象の株が少数しかない場合や、買付の資金の有無の問題があるので、原告、被告、桑原の間で、売買の内容に差違が生じることは当然であり、三者間の取引結果に差違があっても、差別的取扱いと言うことはできない。

(3) さらに、次のとおり、原告が問題視する取引は、何ら被告自身の取引と矛盾するものではない。

ア 買付①で買った九州電力株の売却について

原告が矛盾する売買として取り上げている売買は、九州電力株と四国電力株であって銘柄が異なる。加えて、原告名義での九州電力株の売却は、昭和六三年一二月二日であり、被告名義での四国電力株の買付は翌日の同月三日であり、売買の日が異なる。銘柄が異なれば値動きも異なる上、売買の日が異なれば相場の状況は変わるのであるから、原告名義での九州電力株売却と被告名義の四国電力株買付は矛盾しない。

イ 買付②について

被告自身も、昭和六三年一二月二六日に、北海道電力株を原告より高値の四〇四〇円で買い付けており、何ら原告の取引と被告の取引の間に矛盾はない。

なお、原告は、買付②の後、被告が昭和六四年一月五日に北海道電力株を売却して利益を上げたことを取り上げ、原告名義での買付によって、北海道電力株の株価を上昇させ、被告の利益を最大にしようとしたなどと主張するが、二億株を超える北海道電力株について二〇〇株買い付けることで、株価が上昇することなどあり得ず、原告の主張は失当である。

ウ 買付③について

原告は、被告自身買付をしていない取引を原告名義でしたことを問題視しているが、被告自身も平成元年一月九日に北海道電力株を原告より若干安いだけの一株四二六〇円で二〇〇〇株買い付けており、原告の主張は事実に反する。原告名義の売買と被告名義の売買に何ら矛盾はない。

エ 買付④について

原告は、被告自身買付をしていない取引を原告名義でしたことを問題視しているが、被告自身も買付④のされた平成元年一月二〇日に、同じ四国電力株五〇〇株を原告より高値の一株四二七〇円で買い付けており、原告の主張は事実に反する。原告名義の売買と被告名義の売買に何ら矛盾はない。

オ 買付⑥について

たしかに、平成元年一二月一三日に、原告名義で九州電力株が一株四一八〇円で買付され、被告名義では、同日に、一株四一六〇円で、九州電力株が売却されている。原告は、原告名義での右売買は、反対方向で被告名義の売買がされているから、被告自身の売買と矛盾する売買であるとして、債務不履行であると主張する。

しかし、株価は時間と共に変動するものであって、同日の売買であるとしても、異なる時間で売買がされれば、日が異なる場合と同様に相場の状況が変わるのであるから、反対方向の売買がされたとしても何ら矛盾する売買とはいえない。加えて、被告自身、平成元年一二月一三日に、信用取引で、九州電力株を一株四一八〇円で一〇〇〇株買い付けている。これは、原告名義での売買と、銘柄も、金額も、全く同一である。

したがって、何ら原告名義での売買と被告名義での売買との間に矛盾はない。

カ 買付⑦について

買付⑦も被告自身の売買と矛盾する売買ではない。

六  争点3についての当事者の主張

1  原告の主張

(一) 原告には、被告の債務不履行により、次のとおり、損害が発生した。

(1) 買付①によって、前示第二の二4(一)のとおり、一四万一四七一円の損害が生じた。

(2) 買付②によって、前示第二の二4(二)のとおり、一九七円の損害が生じた。

(3) 買付③によって買い付け、その後原告が保有を続けた北海道電力株は、前示第二の二4(三)のとおり、平成七年四月三日には一株の価格が二一七〇円であった。この時点で買付③による原告の損害の評価をすると、売買手数料及び有価証券取引税を控除した四二万三二一八円が手取金額となるので、買付代金額との差額である四五万三一七四円が原告の損害となる。

(4) 買付④によって買い付け、その後原告が保有を続けた四国電力株は、前示第二の二4(四)のとおり、平成七年四月三日には一株の価格が二二〇〇円であった。この時点で買付④による原告の損害の評価をすると、売買手数料及び有価証券取引税を控除した一〇七万二九二八円が手取金額となるので、買付代金額との差額である一〇一万四二五一円が原告の損害となる。

(5) 買付⑤によって買い付け、そのうちすでに売却した一〇〇株については、前示第二の二4(五)のとおり、六万七二六九円の損害が生じた。買い付けた後、原告が保有を続けた九州電力株四〇〇株は、前示第二の二4(五)のとおり、平成七年四月三日には一株の価格が一二九〇円であった。この時点で買付⑤のうち保有を続けた四〇〇株についての原告の損害の評価をすると、売買手数料及び有価証券取引税を控除した八五万四二三六円が手取金額となるので、買付代金額との差額である八一万七四八八円が原告の損害となる。

(6) 買付⑥によって買い付け、そのうち、現引き後に、平成二年六月一一日に一株三〇五〇円で売却した一〇〇株、同月一二日に一株三〇二〇円で売却した一〇〇株、現引きせずに、右同日一株三〇二〇円で売却した二〇〇株、右同日一株三〇三〇円で売却した一〇〇株については、前示第二の二4(六)のとおり、それぞれ順に、一三万四九四一円、一三万七八六七円、二七万一五四九円、一三万四七九三円の損害が生じた。買い付けた後、原告が保有を続けた九州電力株電力株二〇〇株は、前示第二の二4(六)のとおり、平成七年四月三日には一株の価格が二一九〇円であった。この時点で、買付⑥のうち保有を続けた二〇〇株についての原告の損害の評価をすると、売買手数料及び有価証券取引税を控除した四二万七一一八円が手取金額となるので、買付代金額八六万四七二九円との差額である四三万七六一一円が原告の損害となる。

(7) 買付⑦によって買い付け、そのうちすでに売却した二〇〇〇株については、前示第二の二4(七)のとおり四四万二三七〇円の損害が生じた。買い付けた後、原告が保有を続けた日本鋼管株一〇〇〇株は、前示第二の二4(七)のとおり、平成七年四月三日には一株の価格が二二五円であった。この時点で、買付⑦のうち、保有を続けた一〇〇〇株についての原告の損害の評価をすると、売買手数料及び有価証券取引税を控除した二一万九四一一円が手取金額となるので、買付代金額との差額である六五万二八四五円が原告の損害となる。

したがって、原告には、被告の債務不履行により、合計で四七〇万五八二六円の損害が生じている。

(二) 原告の本件請求は、被告による原告に対する株の売買の助言又は被告による原告名義及び計算での株の売買の代行の中に、債務不履行があるので、その債務不履行によって生じた損害の賠償を求めるというものであるから、仮に、被告による助言又は売買の代行によって原告に通算で利益が上がっていたとしても、それは、右債務不履行によって損害が発生したことを否定するものとはならない。

(三) なお、被告による助言又は売買の代行によって生じた原告の利益は、四二〇万三八七〇円である。したがって、被告の主張のように、利益と損失を通算すると原告に十分な利益が発生しているとはいえない。

(四) 被告は、被告による助言又は売買の代行によって、原告に六八四万一一一二円の利益が発生したと主張している。

しかし、被告が主張する右の原告に生じた六八四万一一一二円の利益のうち、前述のとおり、四二〇万三八七〇円は、たしかに被告による助言又は売買の代行によって原告に生じた利益であるが、それを除いた二六三万七二四二円の利益は、神島化学株、住友金属株、日新汽船株の売買によって生じた利益であるところ、次の理由から、被告による助言又は売買の代行によって発生したものとはいえない。

ア 神島化学株について

原告は、神島化学株の売買によって、一三〇万六八二〇円の利益を得ている。たしかに、原告は、被告の助言に従って、右神島化学株を買い付けたが、売却時期については、被告の助言に従わず、独自の判断により右神島化学株の保有を続けた後に売却して利益が発生したのである。したがって、神島化学株の売買で発生した利益は、被告の助言によって発生した利益とはいえない。

イ 住友金属株について

住友金属株は、原告が目を付けていた株であり、住友金属株の売買によって生じた三五万三九八五円の利益は、原告の判断に生じたものであって、被告による助言又は売買の代行によって生じた利益ではない。

ウ 日新汽船株について

日新汽船株は、原告が目を付けていた株であり、日新汽船株の売買によって生じた九七万六四三七円の利益は、原告の判断によって生じたものであって、被告による助言又は売買の代行によって生じたものではない。

(五) 加えて、被告は、中道機械株、中道リース株、及び東海鋼業株の売買によって生じた利益を、被告による助言又は売買の代行によって発生したものと主張している。事実としては被告主張のとおりであるが、その売買の経緯からすると、次のとおり、これらは、被告の助言又は売買の代行によって利益が発生したと評価するべきではない。

すなわち、中道機械株及び中道リース株の売買によって、原告に数万円の利益が発生してはいる。しかし、右両株とも被告が保有を継続することを勧めたため、原告は、中道リース株については、一〇か月、中道機械株については、一年九か月保有し続けた。その結果、原告はその間、資金を活用できない状態になった。当時は、株価が値上がり基調にあったのであるから、もし右資金が活用できれば、より大きな利益を得る可能性が十分にあったのであり、結果として右両株の売買によって数万円の利益が上がったとしても、右両株の買付は不当だったのであり、被告の助言又は代行によって利益が生じたと評価すべきものではない。

また、東海鋼業株は、被告が原告名義で買い付けた株であるが、その購入資金は、原告が手持のキャノン電子株を損切りして捻出したのであり、被告が買い付け利益が生じた銘柄であると評価するのは適切ではない。

2  被告の主張

原告は、前示第二の二4の売買の他にも、被告の助言を受けて多量の売買をして、六八四万一一一二円の利益を得たのであり、原告の主張する損失を考慮しても通算すると利益を得ているのであって、原告に損害は生じていない。

七  争点4についての当事者の主張

1  被告の主張

原告は、被告の原告に対する助言の的確性に疑問をもちながらもそれに従ったと主張しており、そうであるならば、仮に被告に債務不履行があるとしても、過失相殺がされるべきである。過失相殺の割合は九割が相当である。

2  原告の主張

原告には過失相殺されるべき落ち度はない。

八  争点5についての当事者の主張

1  被告の主張

原告の主張は、原告が被告に株の売買の助言を求め、その助言により全体としては十分に利益を得ておきながら、結果的に一部に損失が発生するとその損害が発生した部分だけを抜き出してその損害を被告に損害賠償請求するというあまりにも身勝手な主張であって、仮に何らかの法的構成により原告に請求権が観念できるとしても、それは法的保護に値するものとはいえず、請求権の行使は権利の濫用である。

2  原告の主張

原告の損害賠償請求は権利濫用にはあたらない。

第三  争点に対する判断

一1  前示第二の二の事実に加えて、証拠(甲三、乙五、原告本人、被告本人、証人野中勇)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告は、肩書住所地で、秋葉原将棋センターという将棋クラブを経営し、自ら顧客の手合係も務めていた。

原告は、右将棋クラブの常連客であり、原告の友人桑原も、同じく将棋クラブの常連客であった。原告と被告は、食事を共にすることもある親しい間柄であった。

被告は、昭和四三年ころから株の売買を始め、長い売買経験を有し、好んで株の売買を行ってきた。被告が株の売買を他人に教えたのは、昭和六〇年ころ、桑原から、「会社を辞めたので元金八〇万円位あるが何か儲かりそうな株はないか。」と問われて教えたのが最初である。

原告も株の売買を行っていたが、原告が株の売買を始めたのは昭和六一年四月である。その際、原告は、東京電力株を、一株三五四〇円で二〇〇株買い付けた。

同年の夏ころ、原告と被告は、しばしば夕食を共にしていたが、その際、株の売買が話題に上がった。当時、原告は、相場を巡る状況が、電力株にとっていわゆるトリプルメリットと呼ばれる状態にあったことから、東京電力株が一万円くらいまで値上がりするのではないかと思っていたが、被告は、電力株はそれほど高くはならない旨の見通しを原告に話した。このようなことから、原告は、被告の株の見方が、一般の見方とは違っており、将棋で言うところの大局観がいいのではないかと感じていた。もっとも、当時は、原告が保有していた東京電力株が七〇〇〇円近辺の値を付けており、買付時の二倍近く値上がりしていたことから、原告は、自分と比べて、被告の株の売買が特に優れていると思っていなかったので、被告と一緒に株をしようとまでは思っていなかった。

(二) 同年九月ころ、原告が秋葉原将棋センターへ将棋をさしに行ったときに、被告が桑原と株の話をしており、被告が桑原に店頭銘柄の神島化学株を勧めていたのを原告は小耳にはさんだ。当時、原告は、株の売買を始めたばかりで経験も浅く、新聞に出ているような大型株しか知らなかったため、大阪の町工場のような小さい会社の店頭株である神島化学株を知っている被告は株について非常に知識を持っているのではないかと感じ、被告が桑原に勧めていた神島化学株を買い付けたいと考えたが、口頭で「こうのしまかがく」と言われてもどのような漢字を書くのかすらわからず、コードナンバーもわからなかったので、それらを具体的に教えてもらわなければ神島化学株を買えないと思った。そこで、原告は、「俺も買う」と言ったところ、被告から「儲かったら一割払うんだぞ」と言われ、原告はこれに同意した。

もっとも、本件合意をした際、右のやりとりの他に、原告被告間では、自分に任せれば絶対損はさせないとか、必ず儲かるなど、被告が原告に対して利益を保証したり、断定的判断を提供して勧誘する言動はなく、原告に損失が発生した場合の損失の負担については何ら話題とならなかった。

また、本件合意については、文書も作成されなかった上、少しでも利益が上がる株を勧めるとか、損失を被らない安全な株を勧めるというような、具体的にどのような株を勧めるのかについてのやりとりは口頭でもなかった。ただし、原告被告双方とも、利益の上がりそうな株を被告が原告に勧めることを当然の前提としていた。

さらに、本件合意当時、原告は、被告が株の売買で利益を上げているとか、被告の助言を得た結果、桑原が利益を上げている等の話を聞いてはいなかった。そして、本件合意に際し、原告が被告に、被告や桑原と同じだけの利益を原告についても上げるよう頼んだことはなく、被告が原告にそのような約束をしたこともなく、また、個々の取引について、被告や桑原の売買と同じ売買を勧めることを被告が原告に約束したこともなかった。

(三) 本件合意の後に、原告と被告は、被告が原告の名義及び計算で売買の代行ができるようにした。すなわち、原告は、被告が利益の上がりそうな株を見つけたとしても、すぐに原告と連絡が付かないこともあり得るので、そのようなときには、被告が原告に事前に相談せずに直接原告名義の株を扱っている千代田証券の担当者の野中勇(以下「野中」という。)に、注文を出せるようにした方が、利益を取得しやすいと考え、野中に、「被告から原告名義の株の売買について注文があったら、その注文を受けて良い」と伝え、被告からの注文を原告の注文として扱うことを予め承諾した。

このような経緯で、被告は、自己の判断に従って、原告に株式の売買を助言し、又は、原告の名義及び計算で注文を出すことにより、本件株売買が行われた。実際の野中への株売買の注文は原告及び被告の双方から出され、その割合は、おおむね被告からが七割程度で、原告からは三割程度であった。

被告から野中に注文が出され、売買が成立した場合には、野中は、その日のうちに原告に売買の報告をし、その日に連絡が付かないときには翌日に原告に報告をした上、原告との間で、株の預り証の交換を取引ごとにしていた。

また、野中が原告に報告をした際、原告は、単に「わかった」旨答えるだけであり、原告から、「その株の売買は不満だから今後はもう被告からの注文を受けないでくれ」等という話は全く出ず、格別の問題は生じなかった。

もっとも、野中は、信用取引で損失が原告に発生してきたころ、原告が被告の注文を不満に思っているように感じたこともあったが、その際における具体的な原告の反応は、「ああ、それ買ったの。」と言う程度で、原告としては迷っている段階で買ったようなニュアンスであり、全く不満で納得できないという反応ではなく、ある程度は納得し、あるいはおおむね了解しているというものであった。

2  先に判示した事実に加え、証拠(甲一の二、二の二、二の三、三、乙二の一、二の三、二の五、七)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、神島化学株について、現物取引で、昭和六一年九月、一株五四〇円で二〇〇〇株、一株五〇〇円で一〇〇〇株、合計三〇〇〇株買い付けた。そして、原告は神島化学株を保有し続け、昭和六二年五月一九日、一株九五〇円で一〇〇〇株売却し、同月二二日、一株九六〇円で一〇〇〇株売却し、同年九月二二日、一株一〇五〇円で一〇〇〇株売却し、利益を上げた。

これに対し、被告は、神島化学株について、現物取引で保有していたものについて、昭和六一年九月三〇日、一株五〇〇円で二〇〇〇株売却し、同年一二月二三日、現物取引で、一株七四〇円で二〇〇〇株買い付け、昭和六二年三月六日、現物取引で保有していた株を、一株七五五円で一〇〇〇株売却し、同月七日、現物取引で保有していた株を、一株七五〇円で一〇〇〇株売却し、同月一三日、現物取引で、一株八一〇円で一〇〇〇株買い付け、同月一八日、現物取引で保有していた株を一株八二〇円で一〇〇〇株売却した。

右のとおり、神島化学株については、原告が、一株五〇〇円台で買い付け一株九〇〇円から一〇〇〇円に値上がりするのを待って売却し、利益を上げたのに対し、被告は、原告より短い期間で売りと買いを繰り返し、中には、買い付けてから数日で売却することもあり、原告のように、安値で買い付けた後大幅に値上がりしてから売却するということはなく、原告ほどの利益を上げることはなかった。

(二) 原告は、昭和六二年九月二四日、現物取引で、中道機械株を、一株六六〇円で一〇〇〇株買い付け、同月二五日、現物取引で、中道リース株を一株八四一円で二〇〇〇株買い付け、昭和六三年七月二七日、右中道リース株を一株八八二円で二〇〇〇株売却し、平成元年六月一五日、右中道機械株を一株六七〇円で一〇〇〇株を売却した。

これに対し、被告は、昭和六二年九月一八日、現物取引で、中道リース株を一株七七六円で二〇〇〇株買い付け、同月二五日、現物取引で、中道リース株を一株八三二円で一〇〇〇株買い付け、同月二二日、現物取引で、中道機械株を一株六二五円で一〇〇〇株買い付け、昭和六三年七月二一日、現物取引で保有していた中道リース株を一株八九〇円で二〇〇〇株売却し、同年八月一日、現物取引で保有していた中道リース株を一株八八二円で一〇〇〇株売却し、昭和六三年一一月一七日、現物取引で保有していた中道機械株を一株六七〇円で一〇〇〇株売却した。

右のとおり、原告被告とも、中道機械株及び中道リース株を、昭和六二年九月に買い付けている。そして、中道リース株については、原告被告とも昭和六三年七月に売却している。中道機械株については、被告が売却してから約七か月後に原告が売却している。

(三)(1) 被告は、四国電力株について、昭和六三年一二月三日、一株三〇九〇円で一〇〇〇株、同月五日、一株三一六〇円で三〇〇〇株、同月二二日、一株三四三〇円で五〇〇株をそれぞれ信用取引で買い付けた。

(2) 被告は、北海道電力株について、昭和六三年一二月二二日、一株三四七〇円で五〇〇株、同月二三日、一株三六九〇円で五〇〇株、同月二四日、一株三八六〇円で五〇〇株をそれぞれ信用取引で買い付けた。

さらに被告は、同月二六日、現物取引で、北海道電力株を、一株三九五〇円で一〇〇〇株、一株四〇四〇円で六〇〇株買い付けた。

(3) 被告は、昭和六四年一月五日、昭和六三年一二月二二日から二四日にかけて信用取引で買い付けた北海道電力株合計一五〇〇株及び四国電力株五〇〇株について、北海道電力株は、二〇〇株を一株四二六〇円で、一三〇〇株を一株四二七〇円で売却し、四国電力株は一株四二五〇円で五〇〇株売却した。

その後、被告は、北海道電力株を、平成元年一月九日、一株四二六〇円で二〇〇〇株、同月一〇日、一株四三三〇円で五〇〇株をそれぞれ現物取引で買い付け、右同日、信用取引で、北海道電力株を、一株四三一〇円で五〇〇株買い付けた。

(4) 被告は、平成元年一月二四日、現物取引で、四国電力株を、一株四二七〇円で五〇〇株買い付けた。

(5) 被告は、平成元年一二月から平成二年一月にかけて、信用取引で次のとおり、電力株の買付をした。すなわち、平成元年一二月五日、四国電力株を、一株四一一〇円で二〇〇〇株買い付け、同月一三日、九州電力株を、一株四一八〇円で一〇〇〇株買い付け、同月二二日、四国電力株を、一株三九五〇円で一八〇〇株、一株三九六〇円で二〇〇株、合計二〇〇株買い付け、平成二年一月八日、北海道電力株を、一株四〇七〇円で一〇〇〇株買い付けた。

一方、被告は、平成元年一二月から平成二年一月にかけて、現物取引で、次のとおり、電力株の売買をした。すなわち、平成元年一二月一二日、北陸電力株を一株四一九〇円で一〇〇株、一株四二二〇円で七〇〇株、一株四一八〇円で九〇〇株、合計一七〇〇株売却し、右同日、四国電力株を一株四一六〇円で一二〇〇株売却し、同月一三日、九州電力株を一株四一六〇円で一〇〇〇株売却し、右同日、北海道電力株を一株四三一〇円で八〇〇株、一株四三二〇円で一二〇〇株、合計二〇〇〇株売却し、同月一四日、四国電力株を一株四一三〇円で七〇〇株、四一〇〇円で一三〇〇株、合計二〇〇〇株売却し、九州電力株を一株四一六〇円で一〇〇〇株売却し、同月二五日、北海道電力株を一株四〇七〇円で四〇〇株、四〇八〇円で六〇〇株、合計一〇〇〇株買い付け、平成二年一月四日、北海道電力株を一株四〇九〇円で一〇〇株、一株四一三〇円で四〇〇株、一株四〇九〇円で五〇〇株、合計一〇〇〇株売却し、同月二九日、北海道電力株を一株三八二〇円で一〇〇〇株買い付けた。

右のとおり、被告は、平成元年一二月一三日には、信用取引では、九州電力株を一株四一八〇円で買い付けている一方、現物取引では、九州電力株を、一株四一六〇円で売却している。

(四) 被告は、桑原の名義で、次の株の売買をした。

(1) 平成元年一二月二日、信用取引の九州電力株を、一株二八九〇円で、一〇〇〇株売却した。

(2) 平成元年一二月一三日、信用取引で、九州電力株を、一株四一八〇円で七〇〇株買い付けた。

(3) 平成元年一二月一一日、信用取引で、日本鋼管株を、一株八三七円で三〇〇〇株買い付けた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、以上の事実を前提として、本件争点について検討することとする。

二  争点1について

1  原告は、本件合意に基き、被告には、原告に株の売買を助言又は売買の代行をする際に、株の銘柄及び売買の時期の選択の判断につき、善良な管理者として客観的な株式相場の状況等を十分考慮してこれを行うべき注意義務があると主張するのに対して、被告は、本件合意からは、被告には自己の財産におけると同一の注意義務が生じるにとどまり、善管注意義務は発生しないと主張する。

ところで、善良な管理者の注意とは、客観的に取引の一般的観念に従って相当なる管理者と認められる者がその具体的場合において用いるべき程度の注意をいい、ある者が善管注意義務を負う場合には、具体的状況において一般的客観的に相当とされる程度の注意義務がその者に要求されることとなる。これに対して、自己の財産におけると同一の注意とは、個々の行為者の通常用いる注意またはその能力に応じた注意をいう。

2 これを本件についてみるに、前記認定の事実によれば、(一)原告と被告とは、本件合意をする以前から、趣味である将棋を接点とする親しい間柄であったこと、(二)本件合意をするきっかけも、原告が将棋をさしに将棋センターに行ったときに、同じく将棋を接点とする友人の桑原と被告がしていた会話に原告が加わったというものであったこと、(三)本件合意の際のやりとりも、原告の「俺も買う」という言葉に対し、被告が「儲かったら一割払うんだぞ」と応じ、その支払いに原告が同意したというだけの口頭での簡単なものにすぎず、これに関する書面も作成されていないこと、(四)その際、原告が損失を被った場合について何らの取決めもないこと、(五)本件合意当時、原告は被告の株の売買についての能力を評価していたこと、その理由は、原告が昭和六一年春から株を始めたばかりで経験も浅く、著名な大型株しか知らなかったのに対して、被告が神島化学のような知名度の低い店頭株を知っていたこと等によるものであって、原告が被告個人の知識や能力を評価したからであったことが認められ、これに加えて、株式投資においては一般に、株価の大きな値上がりにより利益を得る可能性があると同時に、大きな値下がりによる損失を被る危険性もあり、ことに個別銘柄への投資のみで利益を上げることは相当に危険性を伴うことが知られていることをも併せて考慮すると、本件合意締結当時の原告及び被告の合理的意思としては、被告による売買の助言又は売買の代行は、被告の有する知識及び能力を前提として、被告が自分の株の売買をする場合と同じ程度の注意を払って行えば足り、それ以上に特別の調査をする等、一般的、客観的な注意を払うべきであるとする意思ではなかったものというべきであり、結局、被告としては、自分が利益の上がると考えた株の売買を原告に助言するか、又は売買の代行をすれば本件合意に基づく義務は果たされるものというべきである。

すなわち、被告が本件合意に基いて負うべき注意義務は、被告が利益が上がると考えたとおりに株の売買の助言又は代行をすべき義務であり、自己の財産におけると同一の注意義務であるといえる。

3  なお、原告は、被告が株式投資顧問業務をしていたから、被告は、業として株式投資を行う者として善管注意義務を負うべきである旨を主張している。

しかし、本件全記録によっても、被告が株式投資顧問業務を営んでいたと認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張はその前提を欠くものというべきである。

次に、原告は、本件合意で予定した利益の一割の報酬は、証券会社の手数料の五倍という非常に高額なものであり、被告は、このように高額の報酬を受ける者として善管注意義務を負担する旨主張している。

しかしながら、本件合意に基き、被告が原告に対して負うべき注意義務の内容は、前記のとおり、本件合意時における当事者たる原告及び被告の合理的意思により定まるというべきであり、報酬の多寡のみによって定まるものではない上、利益の有無にかかわらず個々の取引について手数料の支払いを受ける証券会社と、結果的に利益が生じた場合にのみ報酬の支払いを受ける被告とを同列に考えることはできないというべきである。したがって、本件合意において、報酬の額の点から被告に善管注意義務の発生を認めることはできない。

また、原告は、被告は長年にわたる証券投資の経験を持ち、株の売買についての豊富な知識と経験を有する株取引の専門家である以上、専門家としての一般的な注意義務、すなわち、善管注意義務を被告は負担する旨を主張するが、原告の右主張によっても、株取引の専門家の内容が明らかではないのみならず、専門家としての注意義務を負う法的根拠も明かではないといわなければならない。

また、被告の有する株式投資の経験と知識については、たしかに、被告は原告より投資経験も長く知識量も豊富と認められ、これは、被告の個人的能力を原告が評価していたことを示すものであるが、このことから直ちに善管注意義務が発生すると解することはできない。

以上のとおりであって、原告が主張する被告に善管注意義務が生じる根拠はないといわなければならない。

三  争点2について

1  原告は、株式相場を巡る状況から見て、被告による売買の助言又は代行が相当ではなく、善管注意義務違反になる旨を主張するが、被告がそもそも本件合意に基き善管注意義務を負っておらず、本件合意は被告が自ら利益が上がると考えた株について助言等をすることを内容とするものであることは、争点1について判断したとおりであるから、原告の主張は理由がないというべきである。すなわち、被告は、自己の主観的な判断に従って、利益が上がると考えた株の売買の助言ないし売買の代行をすれば、被告に課せられた注意義務を尽くしたことになるのであるから、客観的な相場状況から見て買うべきではなかった、あるいは、売るべきではなかったという理由のみで、被告に債務不履行責任が生じることはない。

2  なお、念のため、原告が主張する個々の売買についての問題点について検討するのに、相場状況から見て買い付けるべきでなかったという場合に、買い付けるべきか否かの判断資料は、買い付ける時点で認識予見できる事柄でなければならないというべきであるところ、原告は、買付②、⑤及び⑦について、値上がりのピーク時であった、高値圏に達し値下がりが見込まれた、又は、急激に値を上げた後値下がり局面に入っていた等と主張し、買い付けるべきではなかったと主張し、買付①、④及び⑥について、値上がりが期待できなかった、他に有望な株があった、将来の値上がり材料に欠けた、又は買い付けるべきと考えるさしたる理由がなかった等と主張している。しかし、右①、②、④、⑥及び⑦については、買付時点で右のように判断すべきであった根拠が全く主張されていないことは別としても、結局右各主張は、買い付けた株が結果的に値下がりして損をしたこと、あるいは他に値上がりした株があったのに儲け損なったことを事後的に問題視しているものにすぎない。

また、原告は、買付③では、直前に売却した銘柄の株をさらに高値で買い付けたことを問題としているが、株価や相場状況は日々変動するのであるから、数日前に売却した株を、さらに高い値段で買い付けたとの一事のみで、右買付が前記注意義務違反になるとはいえない。

さらに、原告は、買付⑤について、その買付⑤当時(平成元年春ころ)は、わが国を巡る経済情勢がドル高、原油高、金利高となっており、電力株にとってはいわゆるトリプルデメリットの状態で、今後値下がりが見込まれる状況であったから、その買付が不当であった旨を主張しているが、株価の変動要因にはさまざまのものがあり、容易に株価の変動を予測しうるものでもなく、電力株の価格も、為替相場、原油価格、金利だけで決まるものではなく、これらが電力株にとって不利な要因であるとしても、その後に株価が値下がりするとは一概には言えないというべきである。

したがって、原告の右各主張は、その買付当時認識予見し得ないこと等を前提とするものというほかはなく、失当である。

3(一)  次に、前述のとおり、被告は、自己の判断に従って株の売買の助言等をすべき注意義務を有するところ、被告自身の判断と矛盾する内容の売買の助言又は代行をすれば、右注意義務に反し、債務不履行となるといわなければならない。

(二)  そこで、買付①ないし④、⑥及び⑦について、被告による原告への売買の助言又は代行が被告自身の判断と矛盾しているか否かについて検討する。

(1) 買付①で買った九州電力株の売却について

原告は、買付①で買った九州電力株を被告が売却したことは、被告自身の売買と矛盾すると主張し、その理由として、被告は、買付①で買った九州電力株一〇〇〇株を、昭和六三年一二月二日、一株二八八〇円で売却する代行をしているのに、被告自身では、その翌日の同月三日、四国電力株を信用取引で買い付けているから、当時被告は、四国電力株を含む電力株が値上がりするものと判断していたのであって、原告の九州電力株を売却したのは、被告自身の判断と矛盾すると主張する。

しかし、前記認定事実によれば、被告は、同一銘柄の株についても、数日のうちに売りと買いの双方をすることがあること、被告は、長期間株を保有したうえで値上がりするか値下がりするかを判断して売買するというよりも、数日間くらいの短い期間の中での値動きを予想して、小幅な値動きの中で利益を確定させる売買をする場合があること、被告が売買する株数が多いため、多額の利益が上がることがあるが、一株当たりの利益は、それほど大きくないことが多いこと、平成元年一二月一三日の九州電力株の売買のように、同一銘柄の株について、ある時点では買い注文を出し、別の時点では、売り注文を出すこともあることが認められ、右認定の事実によれば、このような、被告の売買手法からは、仮に、同一銘柄であったとしても、売買の日が一日異なれば、異なる相場認識に基づいて、一方は買い、もう一方は売りということになっても何ら不自然ではないというべきである。すなわち、短いサイクルで売買をする被告の手法からすると、昭和六三年一二月三日に、被告が電力株の値上がりを予想していたとしても、その前日の一二月二日にも、電力株について値上がりを予想していたとは一概には言えない。

さらに、原告は、九州電力株と四国電力株は、同じ電力株であって、値動きが類似しているから、被告の四国電力株の買付と、原告の九州電力株の売却は矛盾すると主張し、甲九によれば、九州電力株と四国電力株は、いずれも大型の電力株であるところから、長い期間で見れば、おおむね類似した値動きをしていることが認められる。

しかし、前記のとおり、短期間で売買を繰り返し、一日のうちに、同一銘柄の株について、売りと買いの双方を行うことさえある被告の株の売買手法からすると、長期間における電力株の値動きの類似性は、被告の株価予想の判断にはさほど意味を持たないといえる。すなわち、被告が四国電力の値上がりを予想して四国電力株を買い付けているとしても、その買付の前日の時点で、同じ電力株だからということで、被告が九州電力も値上がりすると判断していたとは到底いえないのである。

加えて、先に認定した事実によれば、被告は桑原名義でも、昭和六三年一二月二日に、九州電力株を一株二八九〇円で一〇〇〇株売却していること、当時被告は、桑原に利益を上げさせようとしていたことが認められるから、この事実に照らすと、昭和六三年一二月二日時点では、被告は、九州電力株は保有し続けるべきではなく、売却すべきであると判断していたことが認定できる。

したがって、買付①の九州電力株の売却は、何ら被告自身の判断と矛盾せず、債務不履行とはならないというべきである。

(2) 買付②について

原告は、買付②は、被告自身の売買と矛盾すると主張し、その理由として、被告自身は、買付②の前々日までの三日間に、買付②より安い値段で買い付けているのに、被告と同時に原告のために株を買い付けておらず、わざわざ高値圏に達したところで原告に買付の助言又は代行をしたことを挙げている。

しかし、前記で説示したとおり、被告は、自分が利益が上がりそうだと考える株を原告に教えるか、又は、その株の売買の代行をすれば足りるのであるから、被告は、原告に対し、被告自身の売買と全く同一の売買をするように株の売買の助言又は代行をする義務を負担してはいない。さらに、被告が利益が上がりそうだと考える株が複数ある場合や、原告の買付資金の有無、売買される株数などの関係から、被告自身の株売買と、被告の原告に対する株売買の助言又は代行とが異なるものになることがあり得るものというべきであるから、被告自身が売買していない株について、被告が原告に売買を助言し、又は、売買の代行をしたとしても、そのことの一事をもって、被告が本件合意に反する助言又は代行をしたとはいえない。また、被告自身が買い付けたときよりも高値になったときに原告に買付を助言し又は買付の代行をしても、被告が利益が上がると考えて助言又は代行したのであれば、何ら前記義務に違反しないというべきである。

そして、買付②の当時、被告が北海道電力株が値下がりすると判断していたことを認めるに足りる証拠はどこにもない。かえって、先に認定した事実によれば、被告自身も、買付②がされた昭和六三年一二月二六日に、北海道電力株を一株三九五〇円で一〇〇〇株、一株四〇四〇円で六〇〇株買い付けているところ、右株価は、買付②のそれよりもさらに高値での買付であり、これによれば、被告が、当時、さらに北海道電力株が値上がりすると判断していたことが認められる。

したがって、買付②は、何ら被告自身の売買と矛盾しないというべきであり、買付②が被告自身の売買と矛盾するという原告の主張は理由がない。

(3) 買付③について

原告は、買付③は、被告自身の売買と矛盾すると主張し、その理由として、被告自身の名義では、買付③のような北海道電力株の買付をしておらず、買付③の五日前に、被告自身が、北海道電力株と四国電力株を売却しているから、当時、被告が電力株の値下がりを予想していたものである旨を主張する。

しかし、被告自身買付をしていない株について、原告に買付を助言し又は買付を代行しても、何ら債務不履行を構成するような被告自身の売買と矛盾する売買とはいえないことは前述のとおりである。

加えて、前記認定の事実によれば、被告は、買付③の前日に北海道電力株を一株四二六〇円で二〇〇〇株買い付け、さらに、買付③と同日に北海道電力株を一株四三三〇円で五〇〇株買い付けていること、一株四三三〇円での買付は、買付③と全く同じ価格であることが認められ、右認定の事実によれば、買付③の助言又は代行と被告自身の売買とは、何ら矛盾しないというべきである。

(4) 買付④について

原告は、被告自身は買付④のような買付をしていないから、買付④が被告自身の売買と矛盾すると主張する。

しかし、前述のとおり、被告自身買付をしていない株について、被告が原告に買付を助言し又は買付を代行しても、何ら矛盾する行為とはいえないから、買付④が債務不履行であるという原告の主張は理由がない。

(5) 買付⑥について

原告は、買付⑥が被告自身の売買と矛盾すると主張し、その理由として、買付⑥により、原告の名義及び計算で、平成元年一二月一三日に九州電力株が一株四一八〇円で七〇〇株買い付けられているのに、被告自身は、右同日に被告所有の九州電力株七〇〇株を売却しており、同日に同一銘柄について、原告と被告で反対方向の売買をしていることを挙げる。

しかし、前記認定の事実によれば、被告の相場状況の判断又は株価の予想は同じ日であっても時間と共に変わり得るものであって、同一日に、同一銘柄について、売りと買いが原告と被告で異なっていても、一概に矛盾する売買であるとはいえない。

加えて、前記認定の事実によれば、被告自身も、平成元年一二月一三日、信用取引で、九州電力株を一株四一八〇円で一〇〇〇株買い付けたこと、この被告の買付は、買付⑥と同日、同銘柄、同価格であり、買い付けた株数は買付⑥より三〇〇株多いことが認められる。

右事実に照らすと、買付⑥と全く同じ条件で被告も買い付けているのであるから、買付⑥が被告自身の売買と矛盾するとはいえない。

なお、原告は、平成元年一二月一三日の被告の九州電力株の買付はいわば「試し買い」であって、買付⑥は、被告自身の売買とは矛盾する売買である旨主張する。

ところで、原告の主張する「試し買い」の意味は必ずしも明かでないものの、これを善解すると、原告は、被告と原告の投資資金量の違いから、同じ買付をしていても被告と原告ではその買付のもつ意味合い又は重みが異なり、被告が九州電力株を買い付けていたとしても、その買付は値上がりを期待して買ったものではなく、値下がりを予想しながら買付を行ったのであって、買付⑥は原告に損を与えても構わないと言う認識でされた売買であると主張するもののようである。

しかし、被告による右の九州電力株一〇〇〇株の買付額は、全部で四一八万円となり、相当に多額であって、値下がりを予想しながらことさらにこのような額の買付をしたと考えるのは、通常は不自然であり、むしろ、一日のうちで、被告が相場状況の判断を変えたことが窺われる。

さらに、甲一の二及び弁論の全趣旨によれば、桑原の名義でも、平成元年一二月一三日に、被告が信用取引で、九州電力株を一株四一八〇円で七〇〇株買い付けていること、被告は桑原に対しても利益を上げさせようとしていたことが認められ、この事実からも、この買付の時点では、被告は九州電力株は値上がりすると考えていたと認められる。

したがって、被告は、平成元年一二月一三日の九州電力株が一株四一八〇円であった時点では、同株について買い時であると判断し、被告、原告及び桑原の各名義で買付を行ったものと認定することができ、この事実に照らすと、買付⑥が、原告に損失を与えても構わないと言う認識でなされたものとはいえず、何ら被告自身の売買とは矛盾しない。

(6) 買付⑦について

原告は、買付⑦を被告自身の売買と矛盾すると主張し、その理由として、被告自身買付をしていない日本鋼管株を原告に買わせ、本来原告に買わせるべきであった東海鋼業株を買わせていないので、被告自身の取引と矛盾すると主張する。

しかし、前述のとおり、被告自身買付をしていない株の買付を原告に助言し又は買付の代行をしても、それのみでは何ら債務不履行とはならず、また、被告自身の売買と全く同じ売買を助言又は代行する義務を有しないことも既に述べたとおりであるから、東海鋼業株を買い付ける助言又は代行をしなかったからといって、債務不履行とはならない。

加えて、前記認定の事実によれば、被告は、桑原名義で、平成元年一二月一一日、信用取引で、日本鋼管株を一株八三七円で三〇〇〇株買い付けていること、これは買付⑦と同じ値段で同じ日本鋼管株を買い付けたものであることが認められ、この事実からも、被告が買付⑦の当時、日本鋼管株は値上がりすると考えていたことが認められ、この事実に照らすと、買付⑦は被告自身の判断と何ら矛盾しないというべきである。

(三) 以上のとおり、被告自身の株の売買と原告の株の売買には矛盾するものはないというほかないから、被告による原告に対する売買の助言又は代行について、自己の財産におけると同一の注意義務に反するところはないというべきである。したがって、被告による売買の助言又は代行に、債務不履行は認められない。

四1  なお、原告は、被告が原告の意思に反して、原告名義で株の売買を代行した旨を、次の(一)ないし(三)のとおり主張している(この点は、事情として主張されているものであるから、本来判断する必要はないところであるが、事柄の実質にかんがみて念のため判断を加えるものである)。

(一) 被告は、買付①で買い付けた九州電力株を、昭和六三年一二月二日に、原告の意思に反して売却した。

(二) 原告は、被告に対して、平成元年春ころ、電力株を買い付けないように再三にわたり説得したのに、被告は右説得を全く無視し、買付⑤の九州電力株の買付をした。

(三) 原告は、被告に対して、平成元年一二月ころ、原告の電力株を損が大きくならない適宜な価格で全部処分してほしいと要望していたにもかかわらず、その要望と反対に、買付⑥の九州電力株の買付をした。

2  そして、右の主張に沿う証拠として、甲三及び原告本人尋問があり、被告本人尋問の結果からも、被告による電力株の買付の代行に対して原告が不満を抱き、その不満を原告が被告に伝えたことが認められる。

しかし、前記認定の事実のとおり、野中は、被告から注文が出て成立した売買について原告に報告した時に、原告から明確にその売買が不満であるから今後被告からの注文は受け付けないでほしい等の申し入れを受けたことはなく、野中が原告に売買結果を報告したときに、原告が若干不満を持っているように感じたことはあるが、その不満は、まだ迷っている状態で買い付けられたという程度のものであったことが認められる。右の事実に照らすと、原告が不満を持った被告による電力株の買付への対応は、被告の出した注文を事後的に承認するかのような対応であり、自分の名義と計算で、自分の明確な意思に反する売買をされた者がとる対応としてはあまりに不自然である。したがって、原告が被告による買付に内心不満を持つことがあったとしても、原告が右(一)ないし(三)で主張するような、原告の明確な意思に反する売買の代行がなされたとは、認めることはできない。

五  以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官加藤新太郎 裁判官足立謙三 裁判官中野琢郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例